国立病院の歴史

現在に至るまでの歴史

現在は独立行政法人の国立病院機構がネットワークを形成し、統括している国立病院ですが、それまでは厚生労働省が直接管轄するものとしてあった経緯など、現在に至るまでにはさまざまな歴史があります。

時代の変化のなか、どのように現在の国立病院のスタイルが形成されたのか、その意義はどういったところにあるのか、概略的に歴史を見ることで考えてみたいと思います。

国立病院の成立は、1945年の大東亜戦争敗戦時にさかのぼります。
それまで大日本帝国陸軍の陸軍病院や海軍の海軍病院として設けられていた数々の病院は連合国軍最高司令官総司令部GHQのもとにおかれました。

そして、11月19日の「陸海軍病院に関する覚書」で日本に返還され、当時の厚生省のもとの病院となりました。
GHQは、覚書で一般市民の医療に責任を有するものとすること、入院医療も幅広く門戸を開き、傷痍軍人やその家族に限定したりしないよう求め、この文書から、国立病院や国立療養所の基礎が生まれています。

12月1日になり、陸軍省や海軍省が廃止され、軍病院も国立病院となりました。
軍事保護院とよばれていたところが、国立療養所となったとされています。

近年になり、国立病院や療養所の施設は統廃合が進められました。
1986年、再編成計画が策定され、それから約20年のあいだにおよそ4割が削減されています。

さらに2000年の行政改革大綱発表までに74施設中の37施設、そして2002年までに66病院の再編成が完了し、それまで非常に財政的に悪化していた状況もやや改善したという経緯があります。

しかし、まだまだ採算性の低い病院も多く、2004年には、そうした病院は閉鎖、売却となり、国立病院のほとんどが国立病院機構に引き継がれました。

国立病院機構では、医療過疎地域の地域医療からはある程度距離を置き、高度先進的な医療に国立病院として特化する方針で計画が進められましたが、こうした地域医療の軽視には反対も多く、現在では場所により地域医療の中心的役割も担う施設となるよう、工夫されています。

巨大なネットワーク

現在、国立病院機構は日本全国で144の医療施設、病床数にして約57,000床を有する巨大なネットワークとなっています。

特定独立行政法人で、そこで働くスタッフは国家公務員扱いですが、2010年の事業仕分けでは、非公務員化するという方針も打ち出されました。

しかし、非公務員化するための法律改正は今のところ行われておらず、公務員扱いが続いているという環境になっています。

がんなど、19分野の政策医療の実施を業務内容とする点が、他の病院とは違う点で、それぞれ自立的に高度な医療研究をすすめ、研修も積極的に実施しています。

全国を6か所のブロックに分け、それぞれの地域での連携もはかっており、地域、患者と密着した医療を実現することを進める一方、全体で国民の医療を支える中心的な役割を担っているといえ、その社会的な存在意義も、ただ幅広い医療技術をを提供する総合病院というのみにとどまらず、大きいものといえるでしょう。

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